7年前の3月11日、地震が起きた時、私は妻と京都亀岡の自宅にいた。今までに経験したことのない独特なゆるやかな揺れに、直感的に遠くで大きな地震が起こったと思った。ほとんど反射的にテレビをつけた。映し出された震度の大きさと震源地を見て鳥肌が立った。その衝撃、その映像を、私は忘れることはないだろうと思う。私達は2002年から2003年にかけて宮城県に住んでいた。東北に知り合いの農家がたくさんいた。そのひとりに電話したが、つながらなかった、何日もつながらなかった。
東日本大震災、あまりに色んなことが、あまりにたくさん、あまりに多くの人々に起こった、その数だけ、その人の数だけの出来事、事情・・・ここに関わるものはあまりに多い。
整理なんかつかない、何事も本当は本当の意味での整理なんかつかないのかもしれない。でも心の中で少しずつ、悲しさとか衝撃とか色んなものが色褪せ、風化し、慣れていくのを感じざるを得ない、それを止めることはできない、でも何かがひっかかったまま残されていく。
3月11日に限らず、多くの人にとって、すべての人にとって、大切な日や、大事な日や、忘れられない日や、記念日がある、1年365日、いつの日も。
あれだけの衝撃の後でも世の中は変わらなかった。何もかもが前と全く同じように走り始めた。それは総意か?もはや仕方がないのか?
例えば、もし、食が生きる基本というならば、命につながっているというのなら・・・食はあまりに本来の自然からかけ離れてしまっている、経済優先、効率優先、食は自然から離れたところでこれが常識だと成り立っている、食は今の世の中を象徴している。