いよいよ出穂が始まる、この日のために、この瞬間のために・・・(何だか表現が大袈裟だなあ・・・)言葉にうまく表せない感慨がある。それにしても何と遠い道なのか、そう何だかとても表現が大袈裟だが、稲穂が出るまでに一年を通してやらなければならない作業の種類と量はやはり多いと思う、お米の収穫・乾燥・調整や出荷を含めるとさらに・・・(山のふもとの田んぼだからよけいそうなのかもしれない、畦草の多さや獣害など)。何と比べてか・・・おそらく世の中の常識と比べて・・・(アベノ何とかからは程遠い)・・・たかが稲穂が出るのに関わっていくだけの話なのだが・・・世の中の仕事の多くはもっと遥かに効率が良い(忙しさは皆同じようなものかもしれない。でも何かをひとつやって返ってくる報酬のことである、それが効率だ、時給とも呼べるかもしれない)。だから高度経済成長のもとで農業はとても廃れ、例えば自動車産業はとても栄えた、その効率の違いは見るまでもない。だから時々しみじみ思うことがある。今のこの世の中でこんな山のふもとでこんな効率の上がらない仕事をしていていいのだろうかと・・・一向に先が見えない膨大な量の畦草を暑い中来る日も来る日も刈っていると、これは「暖簾に腕押し」だなと思える時がある・・・とても愚痴っぽくなったが、正直な気持ちである。将来、この経済優先の世の中で跡を継いでいこうという気概ある若者はどれくらいいるだろうかと思う、農業で生活できなければならないのだ、夢だけでは食っていけないからだ・・・だとすれば効率の上がらない山村の農業(田畑)はどうなるのだろうか?老人達がいなくなれば田畑を守る人は山村からすっぽりいなくなるのではないか、と思う。杞憂か?でもさらに本音を言うなら、それでもやはり今、現在、私が最も誇りを持ってできる仕事は、自然農法(無農薬・無化学肥料)の稲つくりなのである。だからあまり目に見えないが、いや全く見えないが、それはそれである何かしらの豊かさを得ているのかもしれない、でもそれが何かさえもどうもうまく言葉にならない・・・さて明日も稲が待ってるぜ!


