農村

 相変わらず猪や鹿が田んぼに入り込んでくる。春夏秋冬を問わず到る所で彼らの活動の痕跡を確認することができる。日中に出くわすことはほとんどないが、彼らの息遣いを肌で感じることができる(稀に真昼でも鹿や狐などに出会うことはある)。その存在はごく身近なものとして私達の生活の中に力強く根付いている。山の麓の動物達との見えざる境界線は、今や確かに田畑の真ん中を通り抜け、人が生きていく上での「最前線」になっている、そう思う。彼ら動物達からの侵入を防ぎながら田畑で農作物を育てるのは決してたやすいものではないが、実際少なからぬ農産物がこうした中山間地で栽培されている。山における彼らの生息範囲や餌の量、生息数により被害の程度の差はあるが、獣害対策にかかる労力や経費そして精神的な負担はいずれにせよ大きい。野生動物との「共生」は山々に近い全国の農村がもれなく大いに頭を抱える課題である。先日、川沿いの僅かな平地に田んぼが並ぶ山間の農村を車で通りがかった。ちょうど大人が数人がかりで獣除けの金網を、田んぼをぐるりと取り囲む形で設置されているところだった。見れば村の田んぼ一枚一枚に設置されようとしている。決して他人事ではない。しかし傍から見て、つくづく「大変だ」と思った。年配の方ばかりで若者の姿はなかった。今後、「最前線」の田んぼは一体誰が守っていくのだろうか?猪や鹿が横切る田んぼは、おそらく現代におけるグロバールな経済の世界観からは最も遠く離れた所に位置するものであるような気がする。ひょっとすれば、もう誰も守ることなどしなくなるのかもしれない、それはそう遠くない将来のことかもしれない、山間の農村を車で走り抜けながら、そうつくづく感じた。

農園より望む