自然と

 自然農法に出会い14年、遠い昔の記憶。農薬の特徴は、都合の悪いものはすべて「排除」するというところにある。それが嫌だった。対極のものを求めた。できるだけ「生かしたい」という思い。しかしである、山ふもとの百姓になって改めてしみじみと感じたのは、自然の力とその多様性のすさまじさである。自分の理解をはるかに超えたものがそこにある、己の範ちゅうにあるのでは決してない、ということを思い知る。だからむしろ「生かされている」と思わざるを得ないところがある。無論、私自身の場合、偉い人がいう、感謝に満ちた「生かされている」とは違う。そう、時に「何クソ」と思いながら、自然と向き合っているのである。無尽蔵なる溢れんばかりの力とその多様性、多重性、複雑怪奇さに翻弄されながら。日々、自然と折り合いをつける。何とか折り合っていく。そう何とか折り合っていく。今は連日畔の草刈りだ。