食の安全

私は百姓に憧れる百姓である。
日々、自然と関わっていると「私の取り分はだいたいこんなもんだろう」と何となく肌で感じるものがある。
上限(取り分)を感じる世界。しかし、自然や生き物の世界は複雑怪奇。その多様性、多重性のパワー。翻弄される。だから毎日毎日、自然と関わり、自然に働きかけざるをえない。
食は人を良くする、と書く。どうすれば、真の意味において食の安全は守られるのか?
これほどまでに、食の安全が脅かされたことはない。正直不安だ。
今の世にあって、経済活動は重要だ。しかし、経済を重視すれば、食の安全はどこかおろそかになる、と感じる。
しかし、今、誰だって、作物を生産する農家だって、お金がなけりゃ、生きていくことはできない。死活問題はいつだってどこでだって、起こり得る。
原発事故。放射性物質の拡散。あってはならないことが起こった。今でも、時々、本当に現実に起こったことなのか、と思ってしまう。
今の経済システムの中で一体どんな答えが見出せるのだろうか?生きていくための経済と生きるのに欠かせない食の安全は、この超非常事態時においても両立するのだろうか?どちらも、よりよく生きたいという人の願いであるのに・・・
私は、答えを見いだせない。これからも悩み、考え続ける。私一人が考えたところでどうこうなるものでもないが・・・。自然と関わるのと同じ、そもそもいつだって明確な答えなどないのかもしれない。
今、私が誇りをもってできることは、土を育て、稲を育て、農薬も化学肥料も使わず、草が生えれば草を刈ることだ。