今日は春秋の地元の恒例行事、田んぼの水路掃除の日だ。朝からシトシトと雨が降ってきて寒かった。
田んぼは決して一人ではできない。地域の皆で田んぼの水を引いてくるための水路を維持し守っていかなくてはならない。ここの里山の田んぼは、山の数か所から湧き出る水を主な水源として利用しているが、その用水路・排水路の総延長距離はとても長く複雑で、時に山の茂みを縫うようになっているので、草刈りや水路に落ちた土砂や石を取り除く作業などとても労力がかかる。
86歳のお爺さんも現役として参加されている(毎日農作業に精を出されている、頭が下がる、尊敬する人)。
里山の維持管理は、グローバルな効率経済とは対極にあるものだ、と思う。田舎の時間の流れ、約束事、人間関係は極めてローカルなものだ。例えば、スーパーに並ぶお米にも、こうしたローカルな事情や物語が多分に含まれているのだ。
今日の冷たい雨のせいだろうか、それともいつものことだろうか、田んぼの水路に落ちた土砂を取り除くようなことにこそ実体があるのに、グローバルな経済のどこに実体があるのか、などと作業を終え少し疲れた手で鋤簾を握りしめながら、しみじみ思った。
