無農薬のいみ


除草剤は安全だ、という人がいる。実際、そういう広告も目にする。


安全かもしれないし、安全でないかもしれない。子供や孫の世代まで及ぼす影響を考慮すれば、「本当のところは、何も分からない」というスタンスが、本当の意味では正しいのかもしれない。



化学的根拠とは何なのか?時代が変われば流行りも変わり、根拠も変わる。



私は、無農薬にこだわる一百姓として、除草剤を使わない。


だから、田の草が、畑の草が、畦の草が、言い換えれば、土というものが、どれほどの凄まじい生命力をその内に宿しているかということを思い知らされている。



除草剤をまけば、草はたやすく枯れ果ててしまう。



刈れども刈れども次から次へと新芽を伸ばし、その生命をほとばしらせる草が、いともあっけなく死に絶える。



どうしてそうなるのか、想像することも感じることもできない。



(自然は何かしらの反動的なエネルギーをその内にたくわえ続けているのではないだろうか、と思う時がある。)



ただ感じるままに、心の向くままに、違和感が残る。



自然を相手に、こんなに都合よくいくだろうか?



植物の光合成は、食物連鎖のピラミッドを根元の方で支える、自然の営みだ。



それは、生命の輝き、だ。